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卒業生の今:岡村哲子先生

岡村 哲子先生

1. 歯科衛生士を目指したきっかけ

 高校生になり将来の進路を考えている時、歯科技工士の叔父にその頃知名度が低かった「歯科衛生士」という職業があると教えてもらい、高校2年生の夏休みに叔父が務めていた名古屋の歯科医院に叔父の家に2週間ホームステイさせてもらい歯科助手としてアルバイトをする中で歯科衛生士の仕事を職場体験し、自分に合っている職業と思ったのがきっかけです。

2. 公衆衛生学院を選んだ理由・きっかけ

 三重県でその当時の歯科衛生士専門学校は、三重県歯科医師会立の養成所があり、そこを目指していたところ、私が受験するタイミングで三重県立公衆衛生学院(当時は看護学科・保健学科・助産学科・歯科技工学科)に歯科衛生士学科が新設されると聞きつけ受験し、晴れて1回生として学ぶことができました。

 

3. 学生時代について・思い出

 校舎が津市鳥居町(現三重県警察本部)にあったので、津駅まで徒歩15分、友達数人で帰る途中、東屋でうどん、土曜日のランチはオリジナルコーヒー、講義や実習後の空腹を満たしながら、たわいもないおしゃべりをして楽しかった。

 修学旅行は、広島大学での講演(内容はちっとも覚えてないけれど)、原爆ドーム、広島平和記念資料館を訪れ、胸が締め付けられ、二度と同じ過ちを繰り返さない世の中にと願わずにはいられませんでした。その後倉敷に移動し、ホテルの宴会場で食事、舞台上でピンクレディーなどを歌ったり踊ったり、講師の先生のものまねで笑った記憶があります。

4. 仕事について

勤務先経歴
1981年(昭和56年)4月~1988年(昭和63年)1月末 津市 亀井歯科医院
1981年(昭和56年) 三重県立公衆衛生学院 実習指導(木曜)非常勤
1988年(昭和63年)2月~1991年(平成3年)3月末 学校法人 汐見学院 四日市歯科衛生士専門学校
平成2年度 専修学校職業教育高度化開発研究委託事業 
研究のテーマ
《障害児者の食事訓練に対応する歯科衛生士の教育プログラムの研究》
1994年(平成6年) 津市訪問口腔指導担当
2001年(平成13年)~現在 三重県立公衆衛生学院 歯科衛生学科非常勤講師

5. 先生になったきっかけ

 卒業後一般歯科で勤務する中、公衆衛生学院より休診日の木曜に、実習指導をお願いしますと声がかかり学生指導に初めて携わりました。諸事情で長くは続きませんでしたが、その後1988年(昭和63年)4月に2年制度の学校法人 汐見学園 四日市歯科衛生士専門学校が開校する専任教員として転職。
公衆衛生学院の非常勤講師になったきっかけは、結婚出産を経て、育児の傍ら、主人の自営する技工所の専従者として在宅で仕事をしていたのですが、当時の専任教員のお一人が産休~育休に入るので、その方が復帰されるまでの間、非常勤講師として学生教育に携わってほしいと当時の教務主任の堀先生から声がかかり、学院の学生教育に関わるようになり、育休から復帰されるまでの約束でしたが、復帰されず退職されたので現在に至ります。

6. 心がけ

 普段から学生の立ち居振る舞いや、挨拶、言葉使いで気になることがあればその都度注意するように心がけています。SNSの普及で単語でのやりとりで話が通じるのに慣れている学生が多いので、いざ話そうとするとうまく敬語が話せない、また若者言葉も使いがちで、社会人としては通用しません。知識と技術を身につけるのは当然ですが、患者さん相手の仕事ですので、医療人としての心得、強い倫理観が身につくように、相手への思いやりを持った行動と正しい丁寧語、尊敬語をうまく話せるように導いていくことを意識しています。

心がけ

7. 飛翔会について

 三重県立公衆衛生学院 歯科衛生学科は、1年制度の専門学校でしたので、同じ学校で学んだ卒業生の相互の親睦を厚くし、歯科衛生の資質の向上と倫理の高揚を図り、また三重県立公衆衛生学院 歯科衛生学科に対し、関係を密にし、種々の強力を図ることを目的に役員で話し合い設立しました。

 「三重県立公衆衛生学院 歯科衛生学科同窓会」の名称は長いので、1回生が卒業した昭和56年(1981年)の干支が酉年だったのにちなみ『飛翔会』と称することになりました。1年制度の間は、卒業生が、学校訪問し、歯科衛生士として働く様子を伝えたり、学生の悩みを聞いたりする機会を作っていました。

8. プライベートについて

 家族は4歳半年下の夫、結婚して名古屋に住む娘と同じく名古屋で働く会社員の息子。昨年3月には初孫の男の子が産まれ、おばあちゃんデビューしました。もうすぐ1歳になる孫も前歯8本生え揃い、そろそろ歯磨き習慣をつけさせるべく、娘に歯ブラシの選び方や寝かせ磨きのやり方を実際に孫の口でやってみせて虫歯0を目指してとエールをおくっています。

 趣味は、コロナ渦以前は山登りでしたが、ここ最近は熊の出没も怖くて行けていません。今はガーデニングと推し活! 特にユーミンこと松任谷由実さんを40年以上追っかけしていて、由実活!と呼んでいます。好きになったきっかけは1回生のHさんが作ったユーミンのカセットテープを聴き、ユーミンが紡ぐ歌詞が心に響いて、その世界観にどっぷりとはまり、コンサートに欠かさず通うようになり現在に至ります。そんなユーミン関連で夢のような出来事がありました。
8年前の2016年10/4(火)午後8時頃に、崇拝するユーミンからアポ無し電話があったのです。スマホに東京03から始まる番号からの着信!まさか?と思いつつ出ると、いきなりユーミンの声で『だ~れだ!』「もしかしてユーミン?」 心の準備もできてないのに…私にとって神のような存在のユーミンとの会話。インターネットラジオ「松任谷由実はじめました」という通称『うそラジオ』の中で、リスナーの歯ブラシにまつわる話題から、歯ブラシの交換時期についてのメールを募っていたと、由実友Tさんから『哲子さんの出番よ!』と教えてもらい番組にメールを送ってあったのですが、まさかまさかのアポ無し電話があり、直接ユーミンと15分ほど話す機会がありました。いきなりの電話に驚き、緊張と興奮が最高レベル、会話の中で、歯科衛生士を続けていくのに大変な思いで自己研鑽されているかと思いますが、頑張ってほしいとエールをもらえてユーミンに電話越しに保健指導できたことをとても嬉しく思いました。一週間オンデマンドで何度も聴けましたが、由実友Oさんが音源をCDに録音して送ってくれて、今では大事な宝物になっています。



9. 将来の夢・今後のこと

 学院では非常勤ではありますが、高齢者歯科、口腔機能向上や摂食嚥下に関することを主に担当し、1年生から3年生までの臨床実習指導を担当させていただいております。歯科衛生士教育に、あとどれくらい携わることができるのかわかりませんが、できるだけ現役を続けつつ、次の世代にバトンを渡すことを考える時期に来ていると思っています。

 プライベートでは、孫の成長が一番の楽しみ、一緒に遊べる体力作りと体調管理に励んで、家族が笑顔で暮らし、旅行や推し活の時間も増やしたいです。

10. 座右の銘

『当たり前の日常ほど尊いものはない。一日一日を大切に! すべきことを粛々とする』

みなさんへのメッセージ

 私が三重県立公衆衛生学院に入学した当時、歯科衛生士という職業は社会的認知度が低く、その主な役割は予防処置、保健指導、診療補助業務が中心でした。
現在では、歯科衛生士は予防および口腔衛生管理の専門職として広く認識され、歯科衛生士に対する社会的需要が増加し、業務内容も拡大しています。
 特に、周術期口腔ケアは多職種連携医療チームの一員として生命予後の改善に寄与しており、高齢者の誤嚥性肺炎を防ぐ口腔ケア、がん治療中の患者さんの口内炎予防、そして子どもたちへの歯磨き指導まで、人生のあらゆるステージで、歯科衛生士は“命を守るケア”を提供しています。

歯科衛生士は、
笑顔と健康を守るプロ。
予防からケアまで、
あなたの人生に寄り添う
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あなたも、“誰かの笑顔をつくる仕事”
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